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アフロイラン人

イランには様々なエスニックグループが居住していますが、その中でも非常に少数でユニークな存在として挙げられるのが、アフロイラン人(Afro-Iranian, ペルシア語:Īrānīyān-e Āfrīqā’ī-tabār, ایرانیان آفریقایی‌تبار)です。インド洋の奴隷貿易は、紀元前6世紀に遡りますが、ペルシア王朝もタンザニアやエチオピアなどの国々と様々な交易を行っていました。現在、イラン南部のホルモズガーン州、スィースターン・バルーチェスターン州、フーゼスターン州に居住する彼らの祖先の一部は、この時代にイランの地に移り住んだ可能性があります。
イスラームの時代に入ると預言者ムハンマドの教友に、最初のムアッジン(礼拝を呼びかけるアザーンを行う人)のビラール・ビン=ラバーフ Bilāl bin Rabāḥ al-Ḥabashī(エチオピア人)や、サルマーン・アル=ファールスィー(イラン人)がいたように、中東の民族の多様性はより一層複雑なものとなっていきます。イランに移民したアフリカ人の集団もいれば、アフリカの東部に移住したイラン人もいました。
サファヴィー朝の時代には、イラン南部の一部がポルトガルにより征服され、同国のアフリカ大陸の植民地から黒人奴隷を連れて来られました。今日のアフリカ系イラン人は、タンザニア、エチオピア、ソマリア、あるいはアフリカの北部と北東部に起源を持っています。ポルトガル人が敗北しこの地を去った後も、彼らの一部はこの地にとどまり、独自の文化を発展させていきます。特にザール音楽Mūsīqī-ye Zār موسیقی زارをはじめとするイラン南部音楽に大きな影響を与えました。この音楽には独自のリズム体系と楽器があり、イランの他のどこでも聴くことはできないユニークなものです。
イラン南部を旅する際は、ペルシア湾のビーチで彼らの小さなライブコンサートを楽しむことができます。人々のおもてなし、素晴らしい料理、素晴らしい音楽が、南部の旅の間中ずっと続くことでしょう。


22:27 - 30/05/2020    /    Number : 751739    /    Show Count : 97


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